みなさんこんにちは。kentaroです。

中国の古建築、特に紫禁城(故宮)や壮麗な寺院の屋根を仰ぎ見ると、軒先の稜線に沿って、小さな動物たちが整然と隊列を組んでいる光景に出会います。

これらは単なる屋根瓦の飾りではありません。

中国の伝統建築における極めて重要な装飾要素であり、「走獣」(そうじゅう)または「蹲獣」(そんじゅう)と呼ばれます。

そして、これらの動物の数と種類を覚えるために、古くから伝わる口訣(くけつ、暗記のための歌やフレーズ)が存在します。

口訣、「一龍二鳳三獅子、海馬天馬六狎魚、狻猊獬豸九斗牛、最後行什像個猴」は、まさにこれらの神獣たちの序列と種類を端的に表したものです。

本稿では、この口訣を読み解きながら、中国建築の屋根飾りの奥深い世界、特に「五脊六獣」という言葉の真の意味と、神獣たち一匹一匹に込められた願いと役割について紹介していきます。


1. 「五脊六獣」とは何か? 建築の基本構造

口訣が示す神獣たちを理解する前に、まず「五脊六獣」(ごきろくじゅう、Wǔ jí liù shòu)という言葉が何を指すのかを明確にする必要があります。

「五脊」とは、伝統的な中国建築の最も格式の高い様式である「廡殿頂(ぶてんちょう)」(寄棟造り)や「歇山頂(けつざんちょう)」(入母屋造り)などの屋根に見られる五本の棟を指します。具体的には、屋根の最上部にある大棟(たいむね、正脊)と、そこから四方に垂れ下がる四本の降り棟(くだりむね、垂脊)の合計です。

「六獣」とは、本来、この五本の棟の上に乗せられる装飾的な瓦や獣形の飾りの総称であり、特に大棟の両端にある大きな飾り(正吻/鴟吻)と、四本の降り棟の先端にある獣頭(垂獣)を指す言葉でした。

しかし、時代が下るにつれて、庶民の間では「五脊六獣」という言葉が「屋根の上に乗っている様々な獣飾り」、ひいては「落ち着かない状態、そわそわしている様子」を比喩する慣用句(例:「五脊六獣のように落ち着かない」)としても用いられるようになりました。

2. 口訣が示す「走獣」の隊列

さて、口訣に登場する龍から行什までの動物たちは、実際には「五脊」の中でも特に降り棟(垂脊)の稜線に沿って並ぶ「走獣」(そうじゅう)を指しており、その数は建物の格式によって厳密に定められています。

口訣に歌われる「一龍二鳳…」は、中国の建築における最高格式、すなわち北京故宮の「太和殿」の降り棟に配された仙人騎鳳(先導役)に続く十体の走獣の順番を記憶するためのものです。

この口訣のフレーズに沿って、彼らが並ぶ順序と、その神々しい意味を見ていきましょう。(※口訣の「海馬天馬六狎魚」の部分は、記憶の便宜上、実際の配列と数字の対応が異なる場合がありますが、ここでは伝統的な配列と意味に基づいて解説します。)

順番神獣名(日本語/中国語)特徴と象徴する意味
先頭仙人騎鳳(せんにんきほう)鳳凰に乗った仙人。災いを避け、福を招く先導役。
龍(ロン)帝王の絶対的な権威と至高の象徴。吉祥の最高位。
鳳(ホウ)瑞鳥。天下泰平と高貴さ、皇后の美徳を象徴。
獅子(シシ)百獣の王。魔除けの力と勇猛さで邪気を鎮圧する。
天馬(テンマ)天空を駆ける馬。賢者や英雄の出現、功績の迅速な達成を象徴。
海馬(カイマ)水中を駆ける馬。忠誠心と知識、賢明さを象徴し、天馬と対をなす。
狻猊(サンゲイ)龍の子の一つ。獅子に似ており、火を好み、魔除けや火伏せの役割。
狎魚(コウギョ/ヤユ)魚の形をした瑞獣。水中に住むことから、木造建築の天敵である火災を防ぐ「火避け」の願いが込められる。
獬豸(カイチ)一角獣。善悪を見分ける能力を持ち、正義と公正を象徴する。不正な者や争いを罰する神獣。
斗牛(トギュウ)龍の子の一つ。雨や雲を呼ぶ力があり、水害や火災を防ぐ役割を持つ。隊列の重要な押さえ役。
行什(コウジュウ/ハンシ)猿に似た姿で、翼を持ち、武器(金剛杵)を持つ唯一の神獣。故宮の太和殿にのみ配される特別な存在で、雷や嵐から建物を守る役目を担う。

3. 格式を決定づける「走獣」の数

この走獣の数は、建物の格の高さを視覚的に示す最も重要なシンボルです。

これは明清時代の「建築規格」によって厳格に定められていました。

  • 十体: 中国全土で唯一、故宮・太和殿のみに許された最高規格。皇帝の絶大な権威を象徴します。
  • 九体: 皇帝が日常的に政務を執る宮殿(例:乾清宮)や、最高位の壇廟に用いられます。「九」は陽の極数であり、皇帝に次ぐ格式を示します。
  • 七体・五体: 皇族の王府や主要な寺院の最も重要な建物、または格の高い宮殿などに用いられます。
  • 三体: 比較的低い格式の建物や、重要な建物の脇殿などに用いられます。
  • 一体・零体: 一般の庶民の家では、走獣を飾ることは許されていませんでした。

走獣の数が多くなるほど、龍、鳳、獅子といった基礎的な守護神に加え、火災(狎魚)、不正(獬豸)、雷(行什)といった、より専門的で強力な守護の神々が動員されていることを意味します。

特に「行什」が「十番目」として太和殿の隊列を締めくくっているのは、この建物が国政の中心であり、あらゆる災厄から守られなければならないという強い国家的な意思の表れです。

4. 終わりに:屋根の上の壮麗な「身分証」

中国古建築の屋根に並ぶ走獣は、遠くから見れば愛らしいミニチュア彫刻のようですが、近づいてその配列と数を理解すればそれが権威や魔除け、そして格式を雄弁に物語る「建築の身分証明書」であることが分かります。

この口訣を胸に、次に故宮や歴史的建造物を訪れた際にはぜひ空を見上げて、降り棟の神獣たちを数えてみてください。

一龍、二鳳、三獅子…と数えるたびにその建物が持つ歴史的な重みや、彼らが何百年もの間静かに守り続けてきた物語が、より深く心に響くはずです。

この口訣は、古代中国の叡智と美意識を現代に伝える、素晴らしい暗号なのです。

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